履歴書の特技欄や、プロフィールの得意なことの欄を前にして、手が止まった経験はないでしょうか。
人に誇れるものは特にない、と感じて空欄のままにしてしまう場面です。
一方で、周囲の人からは、あなたに頼むと助かると言われた記憶が残っていることもあります。
スキルの棚卸しとは、これまでの経験や知識、身につけた技能を書き出して整理し、いま自分が持っているものを把握する作業を指します。
この記事では、自分のスキルが見えにくくなる理由を研究から整理し、書き出しの手順と、書き出したものを商品の形に近づける考え方をまとめます。
自分のスキルが見えにくい理由

自己評価と実際の成績の関係
自分の能力をどのくらい正確に見積もれているかは、心理学で長く調べられてきたテーマです。
2014年に発表されたZellとKrizanの研究は、22本のメタ分析をまとめて、自己評価と客観的な成績の関係を調べました。
相関の平均は0.29で、個々の結果は0.09から0.63までの幅がありました。
完全な一致には遠く、まったく無関係とも言えない、中程度の関係です。
この研究では、条件によって一致の度合いが変わる点も報告されています。
『コミュニケーションが得意』のような広い自己評価よりも、特定の領域に絞った自己評価のほうが、成績との一致が強くなりました。
また、成績が客観的に測れる課題、慣れた課題、複雑でない課題でも、一致が強くなっています。
ここから言えるのは、自分の力を大まかに語るよりも、具体的な場面に絞って振り返るほうが、見積もりが実態に近づきやすいという点です。
ただし、この研究が扱ったのは能力の自己評価全般で、起業のためのスキル棚卸しを直接検証した研究は含まれていません。
棚卸しの手順への応用は、この研究から導いた推論として読んでください。
得意なことほど、特別に感じにくい
自分にとって自然にできることは、特別な技能として意識されにくい傾向があります。
関連する研究として、TullisとFederが2023年に報告した4つの実験があります。
雑学を学んだ人は、その知識を持たない人がどのくらい答えられるかを見積もるとき、自分の知識に引きずられて精度が下がりました。
知っていること、できることが増えるほど、それを持たない人の状態を想像しにくくなる傾向です。
この実験は雑学クイズを使っており、仕事の技能は対象に含まれていません。
それでも、身についた技能を当たり前と感じて棚卸しの対象から外してしまう場面を考えるうえで、一つの手がかりになります。
たとえば、資料を見やすく整える、話の要点をまとめる、段取りを組むといった作業は、本人にとっては日常でも、苦手とする人にとっては時間のかかる仕事になっている場合があります。
身近な人のほうが見えている評価もある
Vazireが2010年に報告した研究では、165人の参加者について、本人の評価と周囲の評価を比べています。
知性や創造性のように、他の人の目に触れやすい特性では、友人の評価のほうが当たりやすいと報告されました。
不安のように本人にしかわからない内側の特性では、本人の評価のほうが当たりやすいとされています。
評価の対象によって、本人が見えている部分と、周囲に見えている部分が分かれるということです。
他者に聞くことを手順に入れる理由は、ここにあります。
ただし、この研究も性格や知性の評価を扱っており、仕事上のスキルの評価とは対象が異なります。
棚卸しの4つの手順

研究から読み取れる方向は、広い言葉を避けて具体的な場面で書くことと、自分以外の視点を入れることです。
この方向に沿って、棚卸しを4つの手順に分けます。
スキル棚卸しの4つの手順
経験を場面ごとに書き出す
仕事、家事、趣味、地域の活動など、領域を限らずに、やってきたことを動詞で書き出します。
『会議の議事録を作り、参加者全員が同じ内容を確認できるようにした』のように、場面が思い浮かぶ長さで書きます。
広い言葉を具体的な行動に分ける
『人と話すのが得意』と書いたら、どんな相手に、どんな場で、何をしたのかまで分けます。
『初対面の人から30分ほどで困りごとを聞き取り、要点を整理して返した』のように、行動として書くと、他の人にも伝わる形になります。
他の人に聞く
『私に何かを頼むとしたら、何を頼みますか』と、3人ほどに尋ねます。
お礼を言われた場面や、頼まれた経験も思い出して書き加えます。
同じ立場の人だけに聞くと評価が偏りやすいため、仕事の関係者と家族や友人など、立場の違う人を混ぜます。
裏づけを添える
書き出した行動ごとに、実績、数字、作ったもの、続けた期間といった裏づけを添えます。
裏づけが書けない項目は、自己評価だけで判断している部分として区別しておきます。
3つ目の手順で聞いた内容にも偏りがあります。
身近な人は好意的に答える傾向があるため、聞いた内容はそのまま採用せずに、複数の人に共通する点を拾います。
書き出した項目を整理する
項目がある程度そろったら、4つの軸で見直します。
繰り返してきた回数が多いこと、人から評価されたこと、少ない労力でできること、これからも続けたいと思えること、の4つです。
複数の軸に当てはまる項目ほど、商品の候補として扱いやすくなります。
とくに4つ目の軸は、見落とされやすい部分です。
楽にできる作業でも、続けたいと感じないものは、依頼が増えたときに負担へ変わる可能性があります。
得意なことと、続けたいことを分けて見ておくと、商品にしたあとの働き方を具体的に想像できます。
候補が複数残った場合は、優先順位を決める考え方を使って、最初に商品にする1つを絞ります。
書き出したスキルを、商品の形に近づける
棚卸しで書き出したスキルは、そのままでは商品になりません。
商品は、誰かの困りごとに対して、スキルを使って何を渡すかを決めた形で成り立ちます。
そのため、スキルの側に加えて、困りごとを抱える相手の側からも考えます。
スキルを商品に変えるための4つの問い
誰が困っているか
そのスキルがあれば助かる人を、できるだけ具体的に思い浮かべます。
年齢や職業に加えて、どんな場面で困っているのかまで書きます。
その人はいま、どう対処しているか
自分で調べる、人に頼む、あきらめるなど、いまの対処の仕方を考えます。
対処に手間や費用がかかっているほど、渡せる価値があります。
スキルのどの部分が、その手間を軽くするか
スキル全体を売ろうとせず、役に立つ一部分を取り出します。
取り出した部分は、棚卸しで具体的な行動に分けてあるため、説明しやすくなっています。
どんな形で渡すか
個別の相談、作業の代行、テンプレート、短い教材など、渡し方を選びます。
最初は、1回で完結する小さな形が向いています。
仮の例で考えます。
事務の仕事で、取引先へのメールの文面を整えるのが早い人がいるとします。
この人にとって当たり前の作業でも、はじめて取引先とやり取りをする個人事業主にとっては、文面に時間がかかる悩みになっている場合があります。
渡し方は、メールの下書きを確認して直しを返す、1回限りの文面添削が考えられます。
この例では、スキルの全体を渡さずに、相手の困りごとに合わせて形を決めています。
最初は小さな形で出して、相手の反応を見ながら整えていく進め方が向いています。
棚卸しで気をつけたい点

得意なことと、売れることは別の問い
得意なことが見つかっても、それを必要とする人がいるかどうかは別に確かめる必要があります。
棚卸しでわかるのは、持っているものの中身までで、需要の有無まではわかりません。
需要を確かめる段階では、何を調べ、何を疑うかという問いの立て方が、集まる情報の質を左右します。
自分を観察する視点を持つ
自分の行動や反応を、使い手の立場から観察する方法もあります。
デザイン思考は、使い手を観察して困りごとを見つける段階から始まります。
この見方を自分に向けると、書き出しの材料を増やす手がかりになります。
資格や表示の決まりがある分野
スキルの中には、資格や届出が必要な業務や、表示に決まりがある分野に関わるものがあります。
医療や法律に関わる助言、効果や成果を保証するような表現は、その代表です。
商品にする前に、扱える範囲と表現の決まりを確認しておきます。
棚卸しは一度で完成しません。
経験が増えれば項目も変わるため、数か月に一度、書き足して見直す前提で持っておきます。
今日できる15分の作業
最近の1週間にやったことの中から、人に感謝された場面、頼まれた場面を3つ書き出します。
それぞれを、誰に、何をしたのかが分かる文に直します。
その3つの文が、棚卸しの最初の材料になります。
思い出せる場面が少ない場合は、1週間を1か月に広げます。
場面が増えるほど、共通して現れる行動が見えてきます。
あなたが当たり前にこなしていることのうち、他の人が時間をかけているものは何でしょうか。
その人たちは、いまどのように対処していますか。